AIを使うようになって、できることがずいぶん増えた。
文章を書く。
資料を整理する。
画像をつくる。
アイデアを出す。
分からないことを調べる。
少し前なら、自分一人では時間がかかったことや、そもそも手を出さなかったことまで、「ちょっとやってみよう」と思えるようになった。
この「おとな図鑑」も、その一つだ。
AIがあるから、やってみる
サイトをつくる。
記事を書く。
画像をつくる。
設定で分からないところを調べる。
専門家に頼まなければ難しいと思っていたことでも、AIとやり取りしながら進めてみると、意外なところまで自分でできる。
もちろん、AIが全部やってくれるわけではない。
うまくいかないこともある。
間違ったことを言うこともある。
こちらの意図と違う方向へ進むこともある。
それでも、「分からないからやめておこう」と思っていたことに手を伸ばせるようになったことは、私にとってかなり大きい。
任せるところは、任せる
AIを使うとき、何でも自分でやらなければならないとは思っていない。
文章のたたき台をつくってもらう。
大量の情報を整理してもらう。
自分では思いつかなかった案を出してもらう。
面倒な作業を手伝ってもらう。
任せられるものは、任せればいい。
大切なのは、「AIを使ったか、使わなかったか」ではなく、それによって自分が何をできるようになったかだと思う。
電卓を使うことと、自分で考えなくなることが同じではないように、AIを使うことと、思考を手放すことも同じではない。
最後に決めるのは、自分
ただ、AIに任せたくないものもある。
何をやりたいのか。
何を伝えたいのか。
これは本当に自分の考えなのか。
そして、それを世の中に出していいのか。
そこを決めるのは、自分だ。
AIがもっともらしい文章をつくってくれても、「なんか自分らしくない」と感じることがある。
そんなときは直す。
場合によっては、全部やめる。
逆に、自分の中にぼんやりとしかなかったものをAIとの対話によって言葉にできて、「そう、これが言いたかった」と思うこともある。
AIとの対話は、自分との対話でもある
AIを使っていて面白いのは、答えをもらうことだけではない。
「それは違う」
「もう少しこうしたい」
「なぜそうなるのか」
「自分は本当は何をしたいのか」
そんなやり取りを繰り返しているうちに、自分自身の考えが見えてくることがある。
AIに問いかけているようで、実は自分自身にも問いかけている。
だから私は、AIを「答えを出してくれる機械」としてだけ使うのは、少しもったいないと思っている。
使いながら、考え続ける
AIには、これからもっといろいろなことを任せるようになると思う。
仕事でも、学びでも、生活でも。
だからこそ、人間が考えなくてよくなるのではなく、むしろ「何を考えるべきなのか」が、これまで以上に大切になるのかもしれない。
AIに任せる。
でも、考えることまでは任せない。
少なくとも今の私は、そんな距離感でAIと付き合っていきたいと思っている。



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